大判例

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名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)1429号 判決

原告

大野寿太郎

右訴訟代理人

石川智太郎

外一名

被告

株式会社日本相互銀行

右代表者

日本太郎

右訴訟代理人

日本二郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和四九年七月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外寿幸物産株式会社(以下、寿幸物産という)の代表取締役であつたが、右寿幸物産は事実上、原告の個人会社であつた。被告は相互銀行である。

2  寿幸物産は、昭和四九年三月九日現在、被告上前津支店に、次の定期預金債権を有していた。

(イ) 金一〇〇万円 普通定期預金

満期日 昭和四八年五月二七日

(ロ) 金一〇〇万円 普通定期預金

満期日 昭和四九年六月二一日

(ハ) 金二〇〇万円 自動継続定期預金

満期日 昭和四九年七月二一日

(ニ) 金二三四万二七二一円 積立定期預金

満期日 昭和五〇年一月三一日

3  原告は、昭和四九年三月九日及び同月一一日の両日にわたり、被告上前津支店において、同支店支店長及び次長に対し、寿幸物産が一時的に資金不足をきたしたので手形決済のために必要である旨説明して持参した前記定期預金証書の払戻しを求め、さらに、当該定期預金の払戻しを受ければあとの資金繰りのあてはあり、この預金の払戻しがなされないと手形が不渡りになる旨告げて、払戻しを強く請求したが、支店長は払戻しを拒否した。

4  銀行取引上、預金者側にやむを得ない事情があるときは、銀行は期限前であつても定期預金の払戻しをしなければならない商慣習が存在する。また、被告は寿幸物産に対して、定期預金の中途解約ができる旨「拘束性預金に関するご通知」という表題の文書で通知していた。

5  寿幸物産の手形決済のための資金繰りについては、被告に対する定期預金債権のほかに自己資金が金一〇〇万円あり、さらに原告が、訴外○○信用金庫から金三〇〇万円、訴外自動車精工株式会社から金二〇〇万円、訴外○○相互銀行から不足分を、それぞれ融資を受ける約束を取りつけていたのであり、被告が定期預金払戻しに応じていれば、昭和四九年三月一一日の手形決済は確実になされていた。

6  前記被告の払戻拒否により、寿幸物産は、昭和四九年三月一一日約金一二〇〇万円の不渡手形を出して事実上倒産した。

7  被告は、寿幸物産が定期預金全額の払戻しを受けなければ倒産するという事情を充分認識していながら、正当な理由もなく、いわゆる歩積両建禁止に違反し、あえて定期預金の払戻しを拒否し、寿幸物産を倒産せしめた。また、被告は、寿幸物産が倒産すれば原告はその代表者として報酬を受ける権利及び株主としての権利を失うにとどまらず、個人保証の現実化、信用の失墜等多大の損害を被ることは予見可能であつた。

8  寿幸物産の倒産の結果、原告は次のような損害を被つた。

(一) 役員報酬が得られなくなつた損害

金八二二一万三〇〇〇円

(二) 経営者としての信用失墜及び倒産に伴う精神的肉体的苦痛に対する慰謝料金五〇〇〇万円

(三) 寿幸物産に対する個人保証の現実化金五六一九万五〇〇〇円

よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、損害合計金一億八八四〇万八〇〇〇円のうち金三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年七月一二日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下、事実省略〉

理由

一原告が寿幸物産の代表取締役であつたこと及び被告が相互銀行であることについては当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、寿幸物産はもともと原告の個人企業を法人組織にしたもので事実上原告の個人会社であつたことが認められる。しかしながら、これをもつて直ちに寿幸物産と原告が法人格において同一であるということはできない。

二寿幸物産が被告に対し原告主張の定期預金債権を有していたことについては当事者間に争いがない。

三原告が昭和四九年三月九日及び同月一一日、被告上前津支店において、同支店長及び次長に対し、寿幸物産の手形決済のための資金が不足し、定期預金の払戻しがないと手形が不渡になる旨説明して、前記定期預金四口の払戻しを求めたこと、その際、(ロ)と(ハ)の定期預金証書を持参していたこと、及びこれに対して支店長が右各定期預金の払戻しを拒否したことについては当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、原告が右払戻しの請求をした際、前記(イ)と(ニ)の定期預金証書をも持参したことが認められる。

四そこで、被告の前記定期預金払戻拒否が原告に対する不法行為になるか否かにつき判断する。

1 前記定期預金四口のうち(ロ)、(ハ)、(ニ)の定期預金は、昭和四九年三月一一日現在期限が未だ到来していないものである。そして右各定期預金が原告主張のような歩積両建による拘束性預金であることを認めるに足りる証拠はない。

原告は、銀行取引上預金者側にやむを得ない事情があるときは銀行は期限前であつても定期預金の払戻しをしなければならない商慣習が存在する旨主張する。

しかしながら、定期預金は一定期間払戻を受けえない預金として契約されるものであり、銀行は右期間内支払準備なしに資金として運用しうるため普通預金よりも高利率の利息を支払うこととされており、このような定期預金の性質からして、預金者は期限前の中途解約による払戻を請求しえないものと解すべきである。もとより、右の意味での定期預金における期限の利益は債務者たる銀行のために付せられているのであるから、銀行が期限までの利息をつけて期限の利益を放棄することは可能である。したがつて、預金者側の事情により、銀行にとつて損失や危険のないときは、銀行において中途解約に応じることがままあるが、これはあくまでも銀行側のいわばサービスとして行なわれるものであり、預金者が権利として要求し得るものではないというべきである。

これに対し、預金者が中途解約により払戻しを請求することができる旨の商慣習が存在することを肯定するがごとき〈証拠〉は〈証拠〉に照らすといまだ信用できないし、他に右商慣習の存在を認めるに足りる証拠はない。なお、最高裁判所昭和四一年一〇月四日判決は、定期預金を期限前に払戻す場合には普通預金と同率の利息とする商慣習の存在を認めてはいるが、これは銀行に預金者の期限前の払戻し請求に応じるべき義務があるとの商慣習の存在について判断したものではないと解する。また、〈証拠〉によれば、被告銀行の預金規程第五五条の規定中に「やむを得ない事情があるものに限り、中途解約ができる」旨記載されているがこれは被告銀行の従業員に向けられた準則に過ぎず、これをもつて前記商慣習の存在を裏付けるものということはできない。また、被告から寿幸物産に対して「拘束性預金に関する通知」という文書が送付されていた事実については当事者間に争いがないが、右通知において被告がいかなる場合にでも定期預金の中途解約を認める趣旨を表明したものであるとは到底解することはできない。

そうすると、前記定期預金四口のうち、(ロ)、(ハ)、(ニ)の定期預金は、昭和四九年三月一一日現在、期限未到来であり、被告において原告の払戻し請求を拒否したのは当然であり、右払戻拒否の事実には違法性がなく、寿幸物産に対する債務不履行は成立しない。しかし、(イ)の定期預金の払戻し請求を拒否したことは違法であり、寿幸物産に対する預金契約上の債務不履行が成立することはいうまでもないことである。

2  進んで、右被告の寿幸物産に対する債務不履行が原告に対する不法行為となるか否かを検討する。

一般的にいえば、契約上の債務不履行責任は債権者・債務者の契約に基く責任であり、不法行為責任はこのような契約関係の有無にかかわりなく一般的に起りうる問題であつて、債務不履行責任の部分についても同時に不法行為責任が成立しうると考えられる。しかしながら、不法行為の成立要件とされる「権利侵害」の行為が、契約関係の範囲に包含され、ただ契約上の義務の不履行という事実についてのみ存する場合には、債務不履行責任のみが成立するにとどまり、不法行為責任は成立しないものといわなければならない。いい換えれば、債務の不履行は、それが債権の侵害となるということ以外の意味で、契約関係に包摂されない何らかの権利侵害ないし公序良俗違反として違法性を具備する特段の事情がある場合に、はじめて不法行為責任を来たすものと解すべきである。

ところで、原告が寿幸物産の代表取締役であり寿幸物産は事実上原告の個人会社と認められるものではあるが法人格上同一でないことは前認定のとおりであり、いわば、原告は寿幸物産と被告との預金契約については第三者に該当する。

そうとすると、前記(イ)の預金払戻し請求拒否の事実自体は、被告の寿幸物産に対する預金契約にもとづく金銭債務の不履行にすぎないものというべきであるから、その事実が第三者である原告に対する不法行為となるというためには、被告が詐欺その他公序良俗に違反する手段を用いて預金払戻請求を拒否したり、被告が、原告に損害を与える目的をもつて寿幸物産に対する預金払戻し請求を拒否したなど特段の事情が存することを要すると解するのが相当である。しかしながら、右特段の事情の存在を認め得る的確な証拠は存しない。したがつて、前記預金払戻拒否は単に寿幸物産に対する債務不履行にとどまり、原告に対する不法行為を成立せしむるものではないというべきである。

3  されば、原告に対する不法行為の成立を前提とする本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

五よつて、本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小澤博)

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